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2015.07.22 Wednesday

【旅行】4日目 徹底的にスィトライ・マヒ・ホサ宮殿

去年も行ったのですがここの雰囲気が大好きなのでもう一度来ました。
もう完全に気軽なおかわり感覚よ。
http://blog.esca.sub.jp/?eid=1092750
この宮殿、当時は10haあり、高さ6m厚さ3mの壁で囲われていたが、今は7ha。(3ha分は病院になっている)
広大な庭は6haあり、400種の木と4000種の花があるといわれています。




外観の爽やかな色(サマルカンドの青とはまた違って爽やかなミント色)と庭には花々と孔雀。
ロシア、ヨーロッパ、中国、日本と世界各国から集められた調度品に囲まれて。
なにより「夏の宮殿」って響きがいいよね…
他の季節はアルク城で過ごし、夏の3ヶ月だけ使った宮殿です。

ちなみに、地球の歩き方には
 −この宮殿を建てるとき、場所を決めるためにハンは4頭のヒツジをいろいろな場所に放し飼いをして
  しばらくして調べるとここに放されたヒツジが一番大きく太っていた。
  ここがもっとも空気がよくて健康によいとわかり宮殿を建てたといわれている。

って書いてあるんですが、現地の宮殿にいるガイドさんに聞いたら
生きている羊ではなく、羊の肉をいろいろな場所に置き、この場所に置いてあった肉が一番状態がよかった(腐らなかった)
ということらしいです。
う〜ん。歩き方よ…
確かに、避暑地なのでガイドさんが言っていたことのほうが納得できます。


この説明を含め、今回は宮殿にいるガイドさんにいろいろと説明してもらいました。
一心不乱にメモを取ってたら、欧米のおばちゃんの旅行客が「あら〜熱心な学生さんね〜」って通りすぎていったよ…
仕事の疲れを中央アジアで癒している社会人ですよ…

まずは白い広間から。

この床に敷いてある巨大なカーペットはトルクメンのもの。
両側には中国や日本から運ばれた壷が並んでいます。お客様が来たときはこの間に通してもてなしていたとか。


白の間に入る前の待合室。
お客様が退屈しないように、壁一面に描かれているのは花瓶に入ったお花の絵です。
こんなに色彩が豊かなのに決してケンカせず、寄ってみても、全景でみても、とっても美しいです。






こんな待合室にいたら、待つ時間もあっという間。


お花はペイントですが、一部の模様は彫りこまれています。



廊下にはロシアから取り寄せた大きな鏡。
ハンは大きな鏡が大好きで、ロシアによくオーダーをしたそう。


調度品が展示されています。
写真の左側にある水浅葱色のタイルは暖房器具。
(どう書いたらわかりやすいか、色の名前を調べてたんですがやっぱり日本の伝統色は名前が美しいですね〜〜
 http://www.colordic.org/colorsample/2100.html


ん?夏の宮殿なのに暖房器具? と思ったのですが
お風呂にある暖房はお湯を温めるもので実際に使用していたけれど、普通の部屋にある暖房はただの飾りだそうです。
か、飾り…王様のすることは…よくわかりません…
飾りっていうのは、綺麗だからなのか、贅沢だからなのか…今度聞いてみよ…。


ゆりかごの上につけるもの。


コーランのカバーです。





ここはパーティールーム。
18本の柱があるのですが、驚くことにその柱と柱の間にある壁が取り外し式(!)のパネルみたいになっていて
別の模様に替えられるそうです。




寄って見てみると、柱と壁の間に隙間が。






冷蔵庫。上に氷を置いて使います。


このお部屋、爽やかなミント色と模様がと〜〜〜ってもカワイイ!!!
パーティのときは受付のような部屋だったそうです。




左から、本棚・ゲーム机・金庫。


このお部屋の外には虎に守られた入り口があります。
虎は寝ているときでも目を開けているから入り口にいるんです、って言われたけど
虎って…私動物園で見たときは大きい猫みたいに目を閉じて気持ち良さそうに寝てたけどなぁ…
ま、まぁそういうことです!!!

シノワズリな花瓶がたくさん置いてある部屋には、花瓶だけではなく大皿もありました。

ウズで大皿料理といえば、プロフ!
大皿でプロフを食べていたわけですが、この菱形の雲のようなモチーフの数を数えると、何人前用のお皿かわかるそうです。
ちなみにこれは3人前。(中央の模様はカウントせず)



宮殿の外の中庭の足元を見ると、左側と右側で石の形が違います。
左側はハンがこの宮殿を使っていた時代そのままのもの、右側が補修をされて新しく石を配置したもの。
左側の石をみながら、ハンもこの上を歩いたのかと当時に想いを馳せました。


離れにあるゲストハウスは、ハンがニコライ鏡い遼絅ルガに恋をしてそのオルガの為に建てられたそうですが
結局そのオルガはこのゲストハウスにくることは無かったそうです。切ない…せめて一回くらい来ようよ〜〜

入り口のアーチの天井はこの細かさ。


今は当時の衣装を展示する博物館になっています。

一番右にあるベージュの服はパランジェ

現代のムスリマはヒジャブを着用していますが、当時はヒジャブがなかった為
馬の毛で作ったパランジェという服を着ていました。


男性用


花嫁の衣装


19世紀の子供の服と、女性の服。
当時の成人の定義ですが、9歳以降は成人だったそうです。
そう考えると、カルルクさんの12歳は社会的に立派に認められた成人なんですね。


女性の服。20世紀。
アトラスで作られています。(※シルクで作られたものはアトラス、綿はアドラス)
袖が長ければ長いほどお金持ちで、この人は3枚袖があります。


中に着ている服との柄合わせが凄い。柄×柄。




帽子。巻いてある布は3mから長いと24mまで。
砂漠の強い日差しをさえぎったり、料理の下に敷いたり、着用者が死んだらこの布で体をおおいます。




壁のくぼみは、布団や食器を入れるもの。




王妃が着用した服。様々な国から布地を取り寄せていて、紺のベルベットはフランスからのもの。


ベルベットのアトラス(バフマル)
七色のバフマルと言われている美しい布。


ハン(王)のチャパン(上着)を集めた間。1980年に修復された際は4kgの金が使われました。


金糸でできているため、重量は10kgと重く豪華な作り。
ハンはこのようなチャパンを700着持っていたそう。
上着の下には白い布でできた服を6枚着て、その上に7枚目としてチャパンを着ていた。
6枚も下に着るのは体を大きく見せるため。


一枚の上着を作るのに200日かかったそうです。
一体何人の衣装係を雇っていたんでしょうか……






一番古い服は154年前のもの。


女性が髪につける、エクステのようなもの。
重量が6kgもあるので、前にアクセサリーを5kg分つけてバランスをとっていたとか。




建物を出てすぐ左にある建物は、当時の台所。
今はお土産やさんになっています。


プールサイドにある、物見台がハンが本を読むところ。
近くにモスクがあったが今は残っていないそうです。
また、歩き方にはこのプールに美女を並べりんごを投げて選んでいたと書いてありますが
これもガイドさんが否定していました。
戒律の厳しいイスラムで、しかも隣の建物には1階にハンの4人のお妃、2回にはハンの母親が住んでいたので
そんなことは出来ませんとのこと。
このプールは貯水池の意味もあり、200人の人の手によって作られたそうです。


これがその妃や母親が住んでいた建物。
ソ連時代は病院になっていましたが、今はスザニの展示をしています。
このスザニの展示についてはあとでまとめようと思います。

宮殿のガイドさんはとーってもよく説明してくれました。
チップを要求することもなく(でも大満足だったので進んで払ったけど)いろいろな質問にも答えてくれました。

次はイスマイール・サーマーニ廟へ行きます。
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